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家事は好きですか?
普段女御主人様と一緒の時、すべての家事一切は奴隷の僕です。
女御主人様には「お前のリラックスタイムは寝ている間だけだよ。」と言われています。

家事をしていると、「お前は家事が好きなんでしょ??」と聞かれる事があるのですが、どうもうまく返答ができません。

嫌いな方ではないのですけれど、好き?と聞かれると心の中ではやっぱり面倒な気持ちだって少しあります。
「家事、好きです!」とは言い切れないのです。

そんな話をうだうだとすると「じゃあ好きと言えるまで徹底的に、。」と女御主人様には言われてしまいそうですが。


でもsissymaidやfeminization、正直僕自身そういうプレイには惹かれています。
特別女装癖があるわけじゃないですがメイド服は好きですし、貞操帯もこれにからんできますよね。


…てことは、やっぱり好きなのかなあ。。

SMの場合こんな葛藤は良くありますよね。
鞭だって同じです。
嫌いだけど好き?好きだけど本当は嫌いな事?
??、。考えているとわからなくなってきますよね。

女御主人様には、「いい加減もう諦めたら?諦めたら楽だよ。」と言われています。

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テーマ:SM - ジャンル:アダルト

[2012/05/26 16:45] | omunibus | トラックバック:(0) | コメント:(4) | page top↑
プレイをすること2
普段僕たちはお互い茶化したり冗談を言いあったりしています。
僕が言える立場にはありませんが、24時間の緊張状態は長くは続かないですし、社会もそうはさせないですよね。

だけど日常でも、勿論ベースは主従関係。
主従関係がなあなあになる事は望んでないですし女御主人様も同じはず。
なので適度な緊張感は常にもっているつもりです。

しかしこのバランスのコントロールはすごく難しい事だと思います。
日常と非日常、相反する欲求を求める事になりますから。
以前、別のお付き合いではなあなあの関係になってしまった事がありますが、長く一緒にいる場合などどうしても楽な方向へ流されてしまうのが人間です。

SM関係とはそんなものだという話も耳にします。
また普通の恋愛や結婚生活などでもきっと同じでしょう。

女御主人様にコントロール頂いているというのが実際のところなのでしょうけれども、女御主人様とは、上手くこのバランスを取り合う事ができていると感じています。

しかし、気づかず調子に乗っていると、時にご指摘を頂くはめになります。
そんな時のプレイ、といいますか、調教。

調教では少しでも反抗している態度をとったり、そう感じられると厳しい体罰をうけることになります。
始まると怖くて、返事一つにも緊張してしまいます。

「動物と同じだ」
と女御主人様はおっしゃいます。
肉体的に責められて辛い状況が続くと、精神も壊れて変わってきます。

そして一定のラインを越すと普段抵抗のある事も疑問に感じなくなります。

ちょっと大袈裟ですが、プレイ(調教)は、普段日常で怠けた気持ちを洗い流す大切なものだと感じています。

また、そのような意義とはまた別に、プレイはただ単順にそれだけで楽しいものでもあります。
[2012/05/10 13:26] | 未分類 | トラックバック:(0) | コメント:(4) | page top↑
プレイをすること
日常生活から、主従関係はあります。
だけど、奴隷も、意見を言いますし、少しの反論もします。控えめですが。
逆に、それができないと、普段の生活は送れませんね。私も疲れてしまいます。
そのバランスが取れていないと長い時間を共に過ごすのは難しいです。
日常生活から常に全てが、オールイエス、黒いものも白というわけにはいきません。
しかし、ある場面ではそれを求めることもありますので、そういった場面でできていないと非常に腹が立ちます。
バランスの問題です。
私の求めるバランス、切り替え、基本的には奴隷とはできていると思います。
けれども、最近は増長している傾向にあると思っていました。
常にこのバランスは意識してコントロールしないとなりませんね。

先日久しぶりに、「プレイ」をしました。
ボンデージを着て、切り替えてのプレイです。
日常の中に、または延長でFemDomをもってくるのも大好きですけれど、たまには切り替えてプレイをするのも良いでしょう。

メリハリになります。
あくまでも、お前は私の奴隷であって、日常での姿は仮である。
というのがハッキリするように思います。
立場を明確にし直せます。

私は、プレイの最中、わざとできないことを命令します。
あるいは、できなくなるまでやらせ続けます。
そうしてお仕置きを強要するのですが
「誰が悪いの?」
と聞きます。
当然、「僕です。」という言葉が返ってきますが、そこには僅かながら、反論の気持ちが滲んでいます。

叩いて、言い直しをさせると良いでしょう。
誰が悪いの?
繰り返していると、段々と服従していきます。奴隷の自分の意志が消えていくのがわかります。
従う、ということ以外に考える必要がない、とインプットしていきます。
プレイも後半になってくると、それが顕著です。
一度目から、心から濁りのないイエスが返ってきますから。
従属の純度が高まっていくのがよくわかって、満足感があります。
見上げる表情は、ひたすら、指示を待つ顔に変化していきます。

以前にも書きましたが、声に出させることは本人の意識を変えるのに適切です。言ってるいるうちに、精神も変わっていきます。
プレイではプラスして肉体を使って具現化するので、より強固に意識を変えられることでしょう。

プレイの動画を、後になって一緒に見ると、最後の方では奴隷がまるで人形のようになっているのがわかります。
一挙一動に本人の意志がありません。
そういった場所まで、追い込む過程が面白いです。
[2012/05/07 16:29] | 未分類 | トラックバック:(0) | コメント:(4) | page top↑
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